レーシック 手術最前線TOP > 近視矯正手術の歴史

近視矯正手術の変遷

古代エジプトの壁画近視矯正手術は、近年ポピュラーになりつつある新しい医療と思われがちですが、歴史は古代エジプトにまでさかのぼります。本格的な近視矯正手術が開始したのは、1870年頃からとされています。
1972年にロシアで初めてRKという近視矯正手術が行なわれ、米国で広まります。その後1985年にエキシマレーザーが開発され、これを使用したPRKという手術が欧米で広まりました。

ケラトミレイシス〜ALK(エーエルケー)

ALK一方、少し戻りますが1963年に、レーシックの母体となる「ケラトミレイシス(Keratomileusis)」という術式がコロンビアの眼科医Barraqueによってで始まりました。これは角膜にフラップ(蓋のようなもの)を作り、フラップの裏面を平坦に加工して元に戻す方法です。
その後1988年に、フラップの作成にマイクロケラトームという精密な小型カンナを使用する「ALKAutomated Lamellar Keratectomy)」という方法がBarraqueの門下生Ruizによって開発されました。フラップをすべて切り取らずに一部を残し、めくったその下の角膜のカーブを変えて、フラップを再び戻すという方法です。
ALKは、RKでは矯正できない強度近視にも効果がありましたが、合併症のリスクも高いため次第に行なわれなくなりました。

ALK + PRK = レーシックの登場

近視矯正手術の歴史1990年に、ギリシャでPRKとALKを組み合わせた「LASIK(レーシック)」が開発されました。
レーシックについては後述しますが、ALKのマイクロケラトームによるフラップ作成技術と、その後の角膜成型をPRKで使用するエキシマレーザーで行うという治療法です。
レーシックの効果や安全性が認識されはじめた1995年ころから、欧米で飛躍的に普及しました。それに伴いケラトミレイシス、ALK、RKや一部のPRKはほとんど行われなくなったのです。

日本での近視矯正手術の歴史

佐藤勉教授日本の近視矯正手術は、不幸な歴史があります。1939年に順天堂大学眼科の佐藤勉教授が、初めて「角膜後面切開法(佐藤式RK)」という術式で近視矯正手術を行なっていましたが、残念なことに患者の中に角膜水泡症という合併症が多発したため、1960年代には中止されました。
そのため、その後RKやPRKといったより優れた治療法が開発されても、日本ではほとんど行われることがありませんでした。
この歴史が現在でも、一部の近視矯正手術を否定する眼科医の中に根強く残っているようです。日本が近視大国であるにもかかわらず、諸外国と比較してレーシックの普及率が低い原因の1つと考えられます。

続いては、この佐藤教授の研究が基盤となり、一時は近視矯正手術の主流であった「RKについて」説明します。



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